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May 22, 2005

「えっつ! そうなの???」

「えっつ! そうなの?」と驚いたことが続く。

まずは「落語ブーム」。「落語流行ってますよね」と言われて実はキョトンとしていたのだ。聞けばテレビがきっかけとか。見てみると「なんだ、『木更津キャッツアイ』のキャスティングだ」(私、これ好きでした)」と驚いた。面白いつまらないの前に、オジサン的には角帯の位置が高すぎるのと、ずるずるに締めてるその様子が気になってしかたねぇ。スタイリストさん、そんなことはしらねぇだろうからなぁ……。せっかくハンサムなニーちゃんが着物着てくれるんだから、着物業界も力をいれりゃエエのに。と、落語そっちのけで余計なお世話。

続いて。先日は久しぶりに朝帰り。六本木で1軒、2軒、3軒、4軒……。で、タクシーを降りたら空が白んでいてビックリした。「えっつ! もうそんな時間なの?」。本人はまだ2時ころかと思ってた。それにしても……。どちらかといえば取材をかねたバー巡りは銀座になるが、ええなぁ、たまには若け~モンの街も。

最後に車。15年も乗ってた車。故障もなくさすがにドイツ物は丈夫。で、また車検を通そう。となったら、15年以上経過したディーゼル車は乗用車でも車検の更新が出来ないと知る。「えっつ! そうなの? そ、そんな~」。3か月前にタイヤ代えて、ラジエター一式交換したばかりだぜ。ヨーロッパの省エネの方向は電気とジーゼルに向かっているというのに……。あと10万キロは走れる車がゴミかよ。というわけで車選びをせにゃならぬ。4輪は嫌いなんですよねぇ。でも犬がいるからどうしても必要だし。車好きならウキウキして新車選ぶんだろうけど、金をドブに捨てる気分で全然うれしくない。これが一番ガックリな「えっつ! そうなの?」

 

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May 13, 2005

さて、落語です(長文注意)

meiji encho

落語とipod……と問われたもんの、締め切りに追われてほったらかし。(すんませんね、弥絵さん。せっかく書き込みいただいのたのに反応が遅くて)

ついでだからちょいと書いておきたい。
「いやぁ、最近、凝ってますねぇ落語」と担当の編集者に言われて違和感があったからだ。いまさら凝ってる訳じゃねぇぞ。「耳」で「語り」を聞くというのは身に付いた習い性。これは多分、テレビがひとり一台なんて時代に育たなかったためだと思うね。昭和30年代に育った子供なら、風呂場にテレビもないから携帯ラジオを持ち込んで時間を潰したもんだ。

志ん生、円生、文楽、正蔵(彦六)――。後に気づけば黄金のカルテット時代だね。大阪には春団治も米朝もいたろうが、この頃はよく知らぬ。しばらくして枝雀が現れて度肝を抜かれることとなる。が、やはりこの頃はまだ知らぬ。三木助も聞いたはずだが「通」すぎたのか記憶にない。逆にお婆さん落語で名をはせた今輔師匠はその声が忘れられぬ。やがて談志が出てきた。これは子供ながらに分かった。勢いが違った。天才だったねぇ。志ん朝は談志に比べると端正できっちりしているという印象があった。談志の師匠である小さんはテレビ向けで語りはあまり好きじゃなかった。好きじゃないといえば円生はどうも優等生過ぎる気がして苦手だったなぁ……。
と、子供でも芸の善し悪し、好き嫌いは分かるもんなのである。

と……こういういう下地があって、今現在の私の落語ブームなのだ。な~に、自慢してるわけじゃねぇ。昔は「耳」の時代があって、ほとんどの落語のストーリは常識として誰でも知っていたということの確認だ。
だから――ここで再び横道にそれるが――私、志ん生の「火焔太鼓」が好きという落語ファンは信用しない。この噺、ドラマの深度は浅いし、キャラに魅力はないし(あんな女房に共感するヤツがいるもんか)、語り口にもとくに新味はない。あえていうならこんなつまらん噺をなんとか聞かせてしまうのが志ん生の腕というくらいだ。(誰だ! こんなもんを志ん生の代表作のように世間に言ったヤツは!?)

何をいいたいか。落語は噺を聞くんじゃなく、噺の小さな「差違」に落語家の人間解釈を楽しむものなのだと強調したいだけだ。
ここでようやくipodとつながる。itunesを開いてみたら、演目にして318もファイルがあった。100枚位は手持ちの古いCD、残りはガサガサと入れ込んだ図書館のモンだ。ご注目いただきたいのはこの演目、かなり重複している。例えば「唐茄子屋政談」を見ると志ん生、志ん朝(これが好き)、金馬が。「文七元結」は志ん生、談志、彦六(これがイイ)。「船徳」は文楽、円生、小さん、馬生(上品でお薦め)、「芝浜」にいたってはコレクションのように誰かれなく入れて、これは世評どうり三木助が抜きんでている。ついでだから……。「黄金餅」は談志が面白い。「寝床」はあまりに多すぎるが、枝雀を一度聞いてみて欲しい。「鰻の幇間」は志ん生より志ん朝。志ん生は「んな噺、面倒くせぇなぁ」と雑に語ってるという意味では面白いけど。「柳田角之進」親子、兄弟聞き比べってのもあるが、実はこれ、噺が長いのでまだ3人全部聞いてない。「大工調べ」はベランメー口調で小さんがいいのではと思ったが、談志の方が好きかな。(聞き比べは出来ぬが、米朝はどの噺もいい。「まめだ」は泣けるなぁ)

と、こんな聞き比べが簡単にでいるのがipodのおかげ。「マクラ」の聞き比べ「下げ」をまとめて聞いてみるなんて、CDプレーヤーじゃなかなか出来ない。大事なのはほんのわずかな語りの「間」も聞き比べることができるということだ。
「間」の聞き比べいえば――ついでにまたまた横道だけど(笑)――。思いっきりゆったりしてると評判のグールドのゴルトベルグ(最後の録音版)のアリアの部分より、テューレックの方が1分近く長いということが分かって感動した。素人の耳には同じようなテンポに聞こえるんだけど。どういう訳だ? 誰かおらんか、このへんを解説してくれるクラッシック好き。……とこれはオマケのオマケ。

で、この噺の「差違」はどこからくるのか。無論、落語家のキャラクター造型にあるのだが、背景としての時代もあるのではないかと思った。
円生の「真景累ケ淵」を聞いたのがきっかけだ(ちなみにこの噺、多分日本最長の落語でCDにして5,6枚はあったはず)。
これを作ったのが近代落語の祖と言われる初代圓朝。で、圓朝を「読んだ」(さすがに録音は残ってないから口述ね)。「真景累ケ淵」、「文七元結」も読んでみた。
簡単に言うと噺が緩やかなのだ。刺激的なテンポも言い重ねの繰り返しも少なく、噺が淡々とすすんでいく。そのくせ細部まで描いてきっちり読める。ここにいろんな語りの落語家の声を想像して読むといっそう面白い。ついでだから小島政二郎の「圓朝」、矢野誠一「三遊亭圓朝の明治」を合わせ読んで、つくづく江戸というのはいい時代だったのだと思い知らされたね。江戸、明治、大正、昭和と移るにしたがって、噺は(悪い意味で)研ぎ澄まされ、キャラは強くなっていく。「どうせ世が移って、説明しても分からぬ」と落語家が斬り捨てたそのなげやりな感受性にこそ、時代変化が感じられる。

言い訳は分かる。そもそも30分も40分という時間をきっちり語る場がない。高座はともかく、テレビは論外、ラジオやCDだって時間の方が噺を切れと迫ってくる。これを平然と受け入れた結果、落語は滅びたんだと、これまたよく分かる。(このへん、相撲はしたたかに生き残ってるよなぁ……。アララこれまた閑話休題)
いっそ落語家協会に提案したいね。古い話をきっちり掘り起こし、そのレパートリーの広さを強調しつつ、噺の語りわけによってどれほど「人間が現れる」か、もういちどやってみるこった。金ならかからん。おかげさまの圧縮技術。音声ファイルが少しくらい大きくなったって気にならぬから時間ならいくらでも伸ばせる。ひとつの噺をたっぷり語れる。これを、噺ひとつ100円、200円でipodにダウンロードさせりゃ、あっと気づけば数万円。それでも、お互いいい話だと思うけど、さて、どんなもんだ。

ついでながら……。「スーパージャンプ」で隣り合わせ連載中の「王様の仕立て屋」の漫画家さんも落語好きだそうで。「あのコマ運び、そうであったか!」と妙に納得した次第。こちらも、とても人気のある面白い漫画ですんでぜひ一度ご覧あれ。

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May 03, 2005

ゴールデンウイークの銀座

最近評判の銀座「うかい亭」から「バー保志」「ルベール」「テンダー」へ「単行本2巻が出ました」と挨拶がてらに銀座を一巡。ゴールデンウイークのはざまというのにどの店も大繁盛。最後は毎度の「ファル」で怪しのリキュール。白樺をつけたイタリアのリキュールだそうで、イタリア人のお客さんが「これは、ウチの庭にはえていた樹の匂いがする!」と言ったそうで……。確かに木の皮をはいだときの内側の匂いがするような気がしたね。というわけで久しぶりにやや二日酔い。

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